SUZUKIYUYA.COM

FX、株式、仮想通貨、商品、債券、トレードで人生を素晴らしいものに変える

会社を辞めるのは逃げなのか?別な道に行くのは挑戦なのか?

会社を辞めるのは逃げなのか?
つい最近、見城徹社長の「憂鬱じゃなければ仕事じゃない」という言葉を聞いた時、妙に心に引っかかってしまった。その頃の私と言えば健康を害してまで働くことに疑問を感じ、退職をして別の道に行こうと真剣に検討していた頃だったので「現状で会社を辞めるのは逃げなのか?」と考えてしまったのだ。

憂鬱じゃなければ仕事じゃない

この言葉は株式会社幻冬舎の社長である見城徹氏の名言だ。詳しくは見城氏の著書などを見て頂きたいが、この言葉の続きに「苦しくなければ努力じゃない」というものもある。この名言を昭和スタイルと片付けるのは少し浅はかではないかということで一考したいと思う。

 

憂鬱じゃなければ仕事じゃない、ということは精神的にも肉体的にも辛くなければそれは仕事じゃないということであるからして、真の仕事をするならばそういった苦痛を感じながらするべきなんだ、という仕事をする上での心構えを説いた言である。

 

この言葉が行き着く先として、「憂鬱や苦痛な仕事があなたをより向上させる」と自身を成長させるためのアドバイスとなるわけだが、果たしてこれは正しいのか?何事に置いても「適切」があるので、成長するためには適切な行動をすることが必要である。この「苦痛を選んでいく」というのは適切な選択にも見えるが盲信する気にはなれない。

会社員は大半が憂鬱で苦しい

この世の中にいる会社員は基本的にみな憂鬱で苦しい。苦痛を感じない層といえばそれこそ多くても30%ほどしか生息していないのではないだろうか。とすればこの世にいる大半の人は「苦痛を選択」しているわけであるが、大半の人が見城氏のように華麗なる出世をしているかと言われると答えはノーだ。

 

見城氏のキャリアやステータスなど詳しくはWikipediaを見て欲しいが、このレベルの人が先程の方程式で成功できるのであれば日本中に見城氏レベルの人間がゴマンといることになる。しかし周囲を見渡してもこのようなレベルの人を見たことがない。もちろん社会的な地位という側面で見た場合に限る。

圧倒的な努力が足りない

何故、見城氏のような人間が世の中にゴマンと居ないのか?その答えは非常に簡単で「圧倒的な努力が足りない」からである。このセリフも見城氏の言葉で「人の千倍努力してきた」と豪語しそれがここまで来た大きな要因とするほど、他を凌駕する努力の重要性を見城氏自身が説いている。憂鬱な仕事、苦しい努力、それを圧倒気にやる。私は見城氏の成功の要因はこの3点セットと見た。

 

となれば大半の会社員に足りないのは「圧倒的な努力」が1番ということになり、「憂鬱な仕事」という条件下の中で苦痛の努力を瀕死の瀬戸際になるまでやるというのが成功の方程式になるわけだ。じゃあ、会社を辞めるという選択を考える、もしくは選択するというのは成功から遠ざかってしまう道なのか?別な道に行くのは挑戦ではなく堕落で邪悪で邪な考えになってしまうのだろうか?

自分が良いと思う方に行くのが正解

私はそれに対してノーと言いたい。憂鬱な仕事、想像絶するほどの苦痛にまみれ他を凌駕する圧倒的な努力、この2つは順番が逆なのだ。つまり、まずは努力したいと思える環境に身を置き、それから憂鬱で苦痛を選んでいく、これが最も正しい道筋だと私は思う。

 

私の仕事の信条として、「自分が好きなことを上手にやる」、「人がやりたくないこと(他の人がやらないこと)を積極的に行う」、この2つがある。まず会社員を嫌々やっている時点で一つ目に反する。そしてこの一つ目が最も重視するべき点で、大前提となっている。2つ目は1つ目をクリアした前提で満たすべき項目なのである。

 

出社すれば吐き気を催す場所で、そんな環境で圧倒的な努力ができるだろうか。圧倒的な努力というのは自己評価でありつつも、他者と比較した時にクリアしているかが重要なポイントとなる。自分よりもその環境を愛している人間と比較した際、凌駕することが出来るのか、と自問自答して欲しい。きっと全ての人間はノーと言う。イエスというやつは情熱というエネルギーを甘く見ている人間だ。

好きな仕事で憂鬱になり圧倒的な努力をする

現状に不満を抱いているのならば、それは摂取する苦痛が足りないのではなく圧倒的な努力が足りない可能性が高い。そして圧倒的な努力は自分が好きな分野や環境でしか成し得ないものではないか、そう思う。その上でポジティブな憂鬱や苦痛を多量に感じてやり抜く、それが1流になる方程式ではないだろうか。となれば今の会社に不満を持ち退職するのは逃げではなく、圧倒的な努力をするための準備と考えられるので、行き先の道はあなたの挑戦になる。

 

私も正直に告白すれば相当に悩んだ。「楽な道に行こうとしているのではないか」と。ただよく考えれば考えるほど、自分の「自分が好きなことを上手にやる」の信条を裏切ることは人生への裏切りに思えてきてならない。それに現状の環境では圧倒的な努力が難しい、そんな気にならないと思うのが最大の理由である。つまり情熱が無い。

 

ただ人生は長く超長期的な戦いで積み重ねがモノを言う世界でもあるので、方向転換先が現状よりも堕落した道にならないよう、現状よりももっと質が良く素晴らしい経験になるように気をつけるべきだと思うので、自分が行く道を厳格なものにすることだけは常々忘れないでいたい。

by カエレバ