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慢性的な残業でノルマ達成は自分をつまらない人間と表現しているのと同じこと

 日本の会社では残業しないで済む会社の方が少ない。割合的には実に7割近くがそうだろうと考えている。それほど日本人の効率性は悪く、慢性的な残業でノルマを達成するのがいわゆる「常識」となっている。

私はこの常識に反対だ。理由は至ってシンプル。仕事は生産して何ぼの世界なのだから、生産力を停滞している状態を「常識」と呼ぶのはあまりに頭が悪い発想だからだ。何故、残業するほどの余力があるなら生産力が上げないのか。非常に疑問を感じる。

だがそれも仕方の無いこと。この世の人間たちの大半は頭が悪い。私のブログを読んでくれている賢明なあなたにとっては残念ならない事実ではあるが、そんな頭の悪い連中からは「生産力の向上」は見込めない。金も時間もある分だけ使ってしまうのだ。

人間は付加価値を付けて生産する文化「経済」を持っている。そしてそれはお金を稼ぐ時だけに発揮するものではなく、ありとあらゆる面で生産することで「音楽」とか「文学」が生まれ、身近なものであれば「愛情」や「喜び」など生産して感情の面で豊かさを得る。

そう、我々は生産することで幸せになれる。ならば生産力を上げれば今までよりも幸せになれる。ここまでくればわかるだろうが、「生産力を上げない」の選択肢を選ぶことは「幸福度を上げない」をしているのと同等、それは「自分の人生はつまらないです」と自分のつまらなさを表現していることに変わりないのだ。

 

困ってしまった残業賛美

 残業してでもやり遂げてやるぞ、これは実に素晴らしいと思う。プロフェッショナルならば賛美されることだ。それに仕事をしていればどうしてもそういう面は出てくる。また苛烈な残業が人のキャリアを力強く成長させることもある。

でも一概に残業賛美をするのは考えものだ。「残業は誠実さの表れ」「残業しないのはやる気が無い」とかは頭の狂った狂人の考え方だ。そこじゃないでしょ、どれだけ貢献出来ているかが評価ポイントでしょ。

私も会社の調子がよろしく無い時にそそくさと帰る人間には頭に来るが、怒っているポイントは「残業してるかどうか」ではない。単純に終わらせるべきことをやらずに帰るのが頭に来るのだ。会社の状態を知っているのに、なぜ就業時間内でそれをやり遂げないのか。これこそ不誠実さの表れだと思う。

同じく思う人はたくさんいると思うが、プライドだけ大きくなった大人たちは「なぜ残業しないのか」と怒るポイントを間違える。挙句の果てに終わっていなくても残業さえすれば喜ぶ。いやいや、そこじゃないでしょ。仕事を遂行できたかどうかでしょ。私は例え前の日からずっと残ってやっていても終わっていなければ指導しますよと。

なんのために残業するのかを考えろ

 「残業は尊いのだ」というのは危険思想だ。私は1度や2度に収まらないぐらい、残業しないことについて怒られたことがある。「お前も残業しろよ」と理由もなく怒られるのだ。例えぶっちぎりの成績を取っていたとしてもである。何度、「なんで残業しないといけないのですか?」と問うたことだろうか。

これに対して返ってくる言葉は「お前はみんなより仕事していない」だ。時間か量か、どちらの意味で言っているのかわからないが、どっちにしても会社で私は一番である。この人は私の成績表と勤務時間を知らないのだろうか?あなたが例え毎日3時間の残業したとしても私の勤務時間より短いし、というかそもそもお前の部署は最も赤字だし、遊んでないで仕事しろよ。と何回か言ったことがある。

そうすると無様なことに創業者やトップに泣きつき、今度は経営陣との喧嘩が始まってしまうのだ。こんなアンポンタンに付き合う経営陣もどうかしてると思うが、まぁね、正論だから私は論破されない。私は会社での論争で負けたことはなく、相手は言葉が詰まればキレて暴れるか殴りかかってくる。書いてみて途中で気づいたが、よく考えれば恐ろしい会社だな・・・・。

結局、感情のままにアクションを取るのは何も考えていないことを突かれてしまい焦って取った行動の証明なのだ。この何も考えていないというのが悪である。人は自分が思っている以上に強い生物だ。自身の頭で考えて理解し納得していることについて、どんな状況に陥っても屈しない強い生き物である。

しかし返して言えば、自分の頭で考えずにいることに対しては脆弱だ。無意味に従い、疑う余地すら持たず、悪を善にすり替えていることすら気づかない。そしてそれを他人に強制したり、しなければ危害を加えたり、自分が悪を媒介する触媒になっている事にも気づかない。これは人間の傲慢さがなせる業だとしか思えない。

これは全てよく考えれば解決する話だ。それをしないのは怠惰に流されているか、苦痛を回避する選択肢を取り続けてる糞ヒトモドキの証明である。

手っ取り早くノルマ達成すればいいやん

 この章の冒頭でも書いたが私は残業全否定派ではない。またノルマ必達派でもない。アクシデントが発生すれば残業しなくちゃいけないし、ノルマも達成できない時もそりゃあるさ。しかし慢性的に残業してノルマを達成するのは違う。

仕事が好きでたまらないから残業してるのであれば、もっと効率よく生産して残業してる時間を増産に充てればもっと仕事が出来る。企業戦士を自負するならばそうするのが最も正しいでしょう。もし慢性的に残業してノルマ達成できる程度あれば職業選択を間違えている。好きだけでは良い仕事はできない。

好きで残業して更なる結果を出すのは当然のことだ。じゃあ、そうでないならばみんなしたくもない残業してるわけだ。そうして生まれてくる疑問が「なんで手っ取り早くノルマ達成しないの?」だ。

「慢性的な残業」で「ノルマ達成」して「時間を浪費する」はおかしい。だったら「ノー残業」で「ノルマ達成」して「時間を有意義に使う」が良いでしょう。だって前者と後者では仕事の貢献度において同等、むしろ残業代を支払ったり、勝手にサービス残業して労基に駆け込まれるリスクを増やしている前者の方が劣る。

ましてや後者ならば時間を有意義に使っているので、個人の観点で見れば遥かに良い。だから手っ取り早くノルマを達成しちまえば良い。ノルマなんてやってもやらなくても怒られる時は怒られるのだから、簡単に片づけてしまって会社に貢献した方がよろしいのだ。

それができないのは詰まらない人間だ

 自分でもストレートの正論を投げていると感じている。だがこの世の多くの人はできない。何故だろうか、私にはよくわからないのだが、一つ言えることは「人生がつまらない」からだ。例えば自分の人生で幸福を追い求めないとか、苦痛の先に報酬があることを知らないとか、もしかしたら他人の人生を生きているのかもしれない。

能力が無いわけはないと思う。どんな人間でも課題を出されて必死に取り組めば何だってできる。それができないのは気力が足りないからだ。明らかに気力が足りないしそもそも出す気もないなら、そんな課題は燃えるゴミにでも出せばいいのだ。燃えない課題などは自分の内面以外には存在しない。

しかし気力があれば就業時間内でノルマ達成は可能なはずだ。頭を使ってどう自分の人生を生きれるかを必死に考える。もしノルマが意味不明な尺度で決められ、絶対に達成できないものであれば指摘するべき。それで聞く耳を持ってくれないダメな会社ならば転職か独立した方が幸せになれる。

中途半端な仕事で慢性的な残業、やりたいことや熱中できるものが特になく、人生の輝きに欠ける。そんな詰まらない人間になってしまっていいのか、それを問うべきだ。嘆き悲しみに暮れる暇があるなら、笑顔で今すぐ鍛錬しやがれ。

 

 私はやりたいことがたくさんある。意義を見出せなければ可能な限りは残業したくない。稼ぐならマイビジネス回した方が倍以上に稼げるし、人生を充実させるための勉強やリフレッシュに時間を使うことの方が無意味な残業より有意義だ。というかそもそも私の場合は朝から夜中までの勤務なので残業もくそったれもなかった。早く会社を辞めてぇよ!