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投資と投機が本業の20代会社員が初心者をコンサルティング(コーチング)するブログ

目標が消えてしまい茫然自失してしまうのはチャンスである

 誰かしら何らかの目標があるとは思う。そして誰でも目標を達成できなかったり、挫折などの理由で諦めてしまったり、想定外の事で消さざるえなくなったことが多々あると思う。打ち立てられた多くの目標は達成されることなく消えてしまう。それほど目標というのは儚く脆く、地球上では毎日何らかの目標たちが大量に消費されている。

目標の8割ほどは実質どうでもいいような内容が多く、達成されようが達成されなかろうが別にどうでも良いものだろう。ただ全ての人がその内に重要な目標を数個立てている。それは人にとって達成しなくちゃいけない、達成するべき、ぜひとも達成したい目標で、これが2割を占める。

人生は目標があると輝く。数少ない強い動機の下で打ち立てられた目標は、立てた人間を光へと導く。だがこの目標たちは総じて高みにあり、どうでも良いような目標と違い達成するのが困難だ。その困難にチャレンジしてる時、もしその目標が達成不可能だとわかってしまったら?そうなれば多くの人が茫然自失としてしまうだろう。

しかし、それは次への挑戦のタイミングでもあるのだ。

 

目標の喪失はショックだがチャンス

 達成に向けて一生懸命に取り組んできた目標が消えてしまうことには、とてつもなく大きいショックが伴う。達成できないことがわかった時、自分への失望、現実的な無力感を帯びて、まるで人生が台無しになったかのような錯覚をしてしまう。

 

 私の例を話そう。私がサラリーマンを続けていた理由は2つ。1つは自身を安定した身分に固定していき描く未来への準備をするため、もう1つは会社の年商を倍にするためだ。1つ目はただジッとしていれば良いだけだが、2つ目は達成不可能と悟ってしまった。

無茶な計画を立てていたわけではない。日本経済にも業界にも追い風が吹き、元々の年商が少なく、それでいて長寿企業、年商を倍にする条件は揃っていた。革新的なアイデアも必要なく、確保が難しい人員を多大に増やす必要もない。やる気と実行力があれば十分に達成可能な目標だ。

だが現実は違った。まず皆、どこを見て仕事しているのかわからないし、最も重要なやる気が無い。年商5憶はとても手堅いのに、右肩上がりの微増する業績に慢心しきっている。それどころか売上が増えているのに利益が減っていることを見てみないフリをしている。

まぁ、田舎の中小企業なんてどこもそうだ。いくらインターネットが革命をもたらしたとは言え、有能な人間ほど都会に出ていくし、地元に残った人間は自制心の欠片も持たない代わりに無駄に高いプライドを持って、自分で人生を台無しにしてしまう。

 

 今まで抗えない組織の慣性の法則と戦ってきた私だが、抵抗することは出来ても方向性を変えるまでの力を持っていない。この様にして無念にも達成不可能と見通した時のショックは大きかった。自分が携わるのならば素晴らしい業績を残したかったという思いが強かったからだ。

新たな目標は新たな人生

 だがこれは私にとってチャンスにもなった。仕事と人生は強く結び付いている。仕事の方向性を変えることは人生の方向性を変えること。私はこれからの仕事について考え直し、これまでとは違ったチャレンジ(目標)を決意した。

新しい目標は新しい人生を連れてくる。私の素晴らしき人生が始まる。これは何も大袈裟ではない。違う道を歩み始めれば、自分の精神性が変わるのはもちろん、環境も何もかも全て変わっていく。

目標を立てただけでは変わらないが、新たな目標を達成するには相応の変化が必要になる。自分自身が変わる必然性は当然あり、変わった自分に合わせて身の回りも変えていく必要があるのだ。

人間は色彩豊かなグラデーションを包括できる生き物で、何者でも変化することが可能である。変わるというのは本来楽しく、またその多くが価値あるものでもある。今まで違った景色が見える単純なポジティブなことなのだ。

目標を失えば新しいことができる

 私は楽観的なのですぐに転換できるが、本気で挑戦していた目標が消えれば多くの人は立ち直るのに時間がかかるかもしれない。そう簡単にすぐ前向きな思考を取り戻すことはできないかもしれない。それでも人間はいずれ前を向かなければ生きていけない生き物なのだから、そのうち次への目標を立て始めるだろう。

第一、よく考えてみてほしい。誰だって目標は複数個あるが、自身に大きな変革を起こさなければ達成できない目標をいくつも立ててはいられない。そうなると最大目標は大体1つほどが限度で、その目標を達成するか消すかしなければ次なる大きな目標を立てることはできないのだ。

 

 私は前述したように会社員での目標を失ってしまった。会社員をやる意義の大半が消え失せてしまったが、自分が挑戦したことのないビジネスをやるという新たな目標ができた。本業である投資の収益を超えるようなビジネスにはできないかもしれないが、この経験を活かしてブログを使った小さいビジネスをやろうと実行に移しているところだ。

独立の目途は立てていたがそれを修正し、それを軌道に乗せてめでたく独立を狙っている。本業である投資は会社員の収入を遙かに越えているし、既にやっている副業でもフリーランスにはなれるのだが、まだ本格的な上昇トレンドが来ていないように感じるのだ。今回、始めるビジネスがトレンドを大きく形成してくれれば良いのだがね・・・。

 

 この様に私は新たに始めるビジネスについて大いに期待し、この過程を非常に楽しんでいる。これまで会社に向いていたパワーをスモールビジネスに向け、それに合わせてライフスタイルを改造していく。変化は過程が非常に楽しいのだ。達成できれば最高にハッピー。

会社員の目標があったままならば到底実行に移せていなかっただろう。そもそも今後1~2年の生き方をそれに合わせてたのだから、今思い描く生き方をすることはできなかった。

目標が消えるということは余白ができることと同じだ。余白はあればある分だけ自由に絵を描いていくことができる。それは自分の人生を好きなだけ変えられる意味でもある。

その余白を空虚とみなして眺めるだけなのか、それとも新たな画材を揃えて描き始めるのか、どちらにしても同じ絵を永遠と見続けることは苦痛だろう。